父(ウツ病8年生)・母(サポートウツ5年生)・広汎性高機能発達障害兄弟4人、6人家族の日々です
長男(23歳)は大学卒業、未だ就職が決まらず…
次男(21歳)は高1の1月から不登校で留年、閉鎖病棟入院も体験、高校1年生を6度…、しかし復帰できずに退学
三男(19歳)は中3、4月半ばから不登校、高校受験せずに卒業しました
末っ子(13歳)は中2、小3、6月末から不登校です
宝塚観劇大好きです♪
どうやら実生活はとてもタイヘンなようで…
頑張らないがモットー(^^)
できない時はやらないで、ぼちぼち生きてます(^^;)
このたび、元「保護犬」
ミニチュアダックスフントHopeが我が家にやって来ました
そしてそして
保護犬の預かりなんかも始めちゃいました
現在の預かりっ子はSnowy(マルチーズ♂去勢8才4.5キロ)
我が家のどたばたはさらに磨きがかかります(^^;)
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「虐待の連鎖」

柳美里さんの
NHKスペシャルを見た…
日曜日のことだった…

彼女は
自分の息子が期待通りに動けないと
だんだん自分の感情が抑えられなくなり、
虐待にまでなってしまう…
といった状況らしい…

番組を見ていて、
一々思い当たるフシがあったりして…

一人で
頑張って頑張って、
子育てしていたであろう柳さん…

孤軍奮闘、
良く頑張ったよね…
とねぎらいの言葉を贈ってあげたかった。

柳さんは
カウンセラーの勧めで
実母と実父と、
向き合うということをした。

そして実両親もそれぞれ、
虐待を受けて来ていたことが浮かび上がった…


カウンセラーに
「お母さんは優しかったですか?」
と聞かれて
柳さんは言葉に詰まった。

多分…
私もそうだと思う。
母は私に優しかっただろうか…
言葉が見つからない気がする。

実家はリンゴの専業農家だった。
田んぼもあって、
二毛作だったから、
冬季はタマネギを作付けしていたりした。
子どもは農作業を手伝うのがアタリマエだった。

専業農家の暮らしで…
両親は忙しかった。
帰宅すると疲れていた。
必死に働いていた
と私は思っている。

両親が忙しい分を
多分、祖母が埋めてくれていたんだろうと思う。
祖父も居た。

そして私は
ずいぶん早くから
周りは私に何を期待しているのか
を察知しているような子だった。

このシーンでは
私はどう動くべきなのか、
ソレを知っていたような気がする。

自分が何かが欲しいと思い、
何かをしたいと思っても、
それを言うのは避けた方が良い事も知っていたと思う。

おそらく…
妹と弟が居たこと、
コレが大きかったのではないかと…

お姉ちゃんなんだから、
小さい子を優先させるべき、
みたいな…

常に
妹は良いな…
弟は良いな…
と思っていた。

父親は勉強に対して厳しく、
掛け算九九の七の段がなかなかできずに、
親戚の家に向かう車から下ろされそうになった。

算数の文章題がわからなくて、
夜、
父親が教えてくれた。
眠くて…
つらくて…
「わかった…」と答え、
では説明せよと迫られて
実はよくわかっていないことがバれ、
また叱られて
算数の文章題と向き合うことを余儀なくされた。

母がおろおろと
「特別学級にでも行ったら良い」
ととりなし、
父が母に怒声を上げるのも
すべてはできない自分のせいだと悲しかった。

高校では進学校に入学したものの…
すぐについて行けなくなった。
私は
「ダレカタスケテ」
と口をついて出そうでいて、
そんな甘ったれな自分を
上からぎゅ〜っと押し込み続けた。

今日は適応教室のカウンセリングの日で、
そんな話をしたら
カウンセラーが
「そのことをお父さんに話したことはありますか?」
と聞いた。

母には
掛け算の七の段の件
そして妹と弟に嫉妬し続けていたことを
抑うつで全く動けなくなったとき、
やっとの思いで電話で話すことができた。

だけど…
父には…
ムリだ、
多分…
これからもずっと。

なかなか長野には帰れず…
だから帰るたびに
年老いていく父親を見て、
こんなザンコクなことは話せない
と思う。

だから…
と、ムリヤリ結論

私は自分の子供に勉強を教えることはできない。

柳さんのように、
自分の感情を抑えることができなくなる。
それは上の子たちですでに経験ズミ…
オハズカシながら…

カウンセラーは
「ごきょうだいでご両親の事を話す機会はありましたか?」
とも聞いた。

妹とも弟とも、
両親のことを話すには、
まだ時期が早いような気がする。
話せないと思う。
ナゼだかはわからないけれど…

落ち着いて話す機会を持つこと
コレが難しいのも大きいと思うけどね〜…

ナンせ、
ウチは不登校のHIKIKOMORIを二人ほど…
そして元気な不登校中学生一人を
抱えておりますので

あ"
母の健康状態があまり良くないのも大きいな、きっと…

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Comment
>チョコさま

やっぱり似てましたか(^^;)?

でも…
私の場合、
早期教育とかではなかったんですよ。

ひらがなに興味はあったみたいで、
保育園にいる間に
友達の名札を見て覚えちゃったんだとか…
それでコイツは仕込めばモノになる…
と思ったかどうかは定かではありませんが(^^;)

あとは
大人たちが褒めてくれるのが嬉しい性分で、
上手に字を書こうとか
絵を描こうとか、
そんな意識があったのは覚えています。

掛け算九九も算数の文章題も、
それは宿題の話です(^^;)

でも…
父親とお風呂に入るのは
早い段階からイヤでしたねぇ…(+_+)
普段は祖母と妹とでしたが
何かで叱られたりした後は
ナゼだか父親とで…(+_+)
叱られた後ですから当然ってば当然だと思うんですが…

母に
妹・弟を妬んでいたことを告白したのは
抑うつで
もうどうにも動けない…
といった時期のことでした。

「今、言ってしまわなければ…」
って、かなり切羽詰った状態でした。

でもね…
案外母は知っていて、
七の段の恐怖体験のコトは
その当時父に抗議してくれていたと聞くことができて、
その点ではあの時決死の覚悟で告白して良かった…
と思ってます。

ただ…
洗いざらい全部言ったわけでは無くて…
でもそれはちょっと…
もう言えないですね、きっと(^^;)
| みなみん | 2011/05/21 7:41 PM |
驚きました。私も、みなみんさんと、酷似した環境でした。
小さいとき、父とお風呂に入ったら、
計算問題を出され、まちがったら頭からお湯をかけられて。
幼稚園の時から漢字で名前が書けるように教えられ。

でも、勉強は不得意ではなかったので
数字も文字も日本地図も誰に教えられなくても覚えていたし
絶対音感があって、聴いた曲はすぐにピアノで弾けて
聴音もソルフェージュも(お隣に住んでいた、一つ年上の
超お金持ちお嬢様の音楽の家庭教師のレッスンに、
一人では寂しがるから、と言ってつきあわされていたんです
まるで、クララお嬢様とハイジくらいの差がありました。
ピアノの発表会も、毎年、私はそのお嬢様の
昨年のドレスのお下がりをいただいて出ていました。)

そのうち、父の要求なんて、結果を出せばワケはないと
たいして気にしなくなりました。

でも、子どもの出来は…私にとっては、本当に苦痛でした。
なんども、ビルから飛び降りてしまえば…と思いました。

ただ、あまり自分の学力や能力が遺伝しているとは
初めから期待していなかったので、
勉強を教えるのは平気かな…まあ、商売でもあるし(苦笑)
最近では、いかにすればコイツが理解するのか
楽しんでいる節もあります。

でも、両親との関係はよくないままですね…
みなみんさんと一緒で、年老いた親に、今更何を…と
諦めてしまっています。
| チョコ | 2011/05/20 11:28 PM |









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